我を捨てることとは

 「自分を殺してしまいたい・・・」そう思うことがある。


 そう思ってしまう自分を何とかとがめようとする。


 「いけない!そんなこと思っちゃいけない」必死に抵抗する。

 そう思う自分に罪悪感を感じる。


 自分のことを愛することを求めているのになぜ。。


 
 魂の行き場がない。もっと強烈に生きたい。叫びたい。


 そういう気持ちを僕はスケートボードを通してぶつけてきた。


 ありったけの力で漕いできた。


 そして体を痛める、怪我をする。その繰り返しだった。


 時には死を覚悟してスケートボードに乗った。


 この世に別れを告げてボウルに飛び込む。その時の感じを言葉で表現するなら


 「歓喜」になると思う。ものすごい感覚になる。


 その時は生きていることを強く実感した。生きていることが最高だと芯から思えた。


 今、僕はその選択はしない。それは周りに迷惑をかけることを怪我をして痛感したから。



 「自分を殺してしまいたい」とはどういう事か。


 まずは抵抗せずに受け入れてみた。そんな自分を否定せずに、ありのままに。



 その思いは魂の情熱ではないだろうか?


 自分を殺すくらいの情熱を表現したがっているのではないか?


 それは自分を捨てるということなのか?我を捨てるとはそういうことか?




 真に自分の為にすることは、自分を捨てて他人に尽くすことだということは学んでいる。



 みんなの為に尽くすことは、すべての自分のためにすることだ。


 分かっている。分かっていた。




 もう自分をごまかしたくはない。


 変れない自分の円を断ち切りたい。


 自分の決意を変えたくない。


 明日になって気持ちが変るのはもう嫌だ!



 必ず自分は変る。


 すべての自分のために、僕は自分を殺すべきだ。